旅館の人件費削減|深夜の2人体制を見直す手順

宿の達人 編集部

「もっとお客様に喜んでもらえる設備にしたい」「古くなった部屋をリニューアルしたい」。
女将さんと話していると、必ずと言っていいほど出てくる願いです。

ただ、そのためにはお金が必要です。
限られた予算をどこに配分するか。ここが旅館経営の要です。

節約できるところは節約して、お客様が評価してくれるところにお金をかける。
その観点で、多くの旅館が見落としているのが深夜帯の人件費です。

「基本はいらないけれど、削れない」

女将さんに「深夜の2人体制は本当に必要ですか」と質問すると、
たいてい何とも言えない表情をされます。そして、こう返ってきます。

「基本はいらないんだけど、何かあった時のことを考えると削れない」

この状態が何年も続きます。

考えてみると、深夜帯は
宿泊客のほとんどが就寝していて、施設の稼働率としては最低の時間帯です。
そこに深夜手当が加算された割高な人件費が、もしものためだけに費やされ続けている。

特に中堅規模の旅館では、この深夜帯の人件費が年間で数百万円という大きな経費になっているケースが少なくありません。

顧客満足度を下げずにここを圧縮できれば、
その分をそのまま、本当に必要な設備投資に回せます。

深夜の負担が少ない旅館の共通点

深夜の人員体制がうまくいっている旅館と、そうでない旅館には明確な差があります。

うまくいっている旅館の共通点は、お客様の自己解決をサポートする仕組みがあることです。

  • 必要なものを、自分で取れる環境がある
  • 必要な情報を、自分で確認できる仕組みがある

これがあると、スタッフへの依存度が自然に下がります。
そして、意外に思われるかもしれませんが、お客様の満足度はむしろ上がります。

「自分でやってもらう」は手抜きではない

「お客様に自分でやってもらうのは抵抗がある」と感じた方も多いと思います。
ですが、少し考えてみてください。

飲食店に入ったとき、お水はセルフサービスのほうが楽ではないでしょうか。
いちいち店員さんを呼ぶのが煩わしい、という方が大半です。

無人コンビニや無人ホテルが普及してきているのも、こうしたニーズがあるからです。
セルフサービスには「自分の好きな時間に、気兼ねなく利用できる」というメリットがあります。

何でも人が介入するのが良い、というのは、必ずしもすべてのお客様に当てはまりません。
全業務を無人化するという話ではなく、一部を効率化できるのではないかという話です。

深夜の要望は、そこまで緊急性が高くない

深夜に発生する要望の多くは、実は緊急性の高いものではありません。

  • 追加のタオルが欲しい
  • お水をもう1本もらえますか

こうした単純な要望が大半です。
それなのに、そのたびにスタッフが直接対応しなければならない。

お客様の立場でも、
「これくらいのことで、いちいちフロントに言わないといけない」のは、それなりにストレスです。

実例|財務改善の相談から、深夜帯の見直しへ

ある旅館の事例です。当初は財務改善のご相談で関わることになったのですが、
収支を分析していく中で、深夜帯の人件費対効果の話になりました。
女将さん自身も「深夜の2人体制は、なんとなくもったいない」という感覚はお持ちでした。

進めた順番を3ステップで整理すると次のとおりです。

ステップやったこと分かったこと・決めたこと
1深夜の対応件数と内容を記録件数はごく限られていた
2客層を確認利用者の約7割が20〜40代
3夜間対応の半無人化スマートキーとセルフコーナーを導入

ステップ1|まず深夜の対応を記録する

いきなり人を減らすのではなく、深夜に何件、どんな対応が発生しているかを記録しました。

ここが最も重要な工程です。印象で決めない。
記録を取ってみると、対応件数はごく限られており、
その件数に対して2人分の人件費がかかっていることが数字ではっきりしました。

そして人件費を細かく計算すると、深夜帯だけで年間約240万円のコストがかかっていました。

ステップ2|客層を確認する

この旅館は、利用者の約7割が20〜40代であることが事前に分かっていました。
セルフサービスとの相性が良い客層です。

ここを確認せずに進めてはいけません。 高齢のお客様が中心の施設では、判断が変わります。

ステップ3|夜間対応の半無人化

女将さんは最初こそ戸惑われましたが、
「お客様サービスの質を下げずに、試してみましょう」ということで、次の2つを導入しました。

  1. フロント入口にスマートキーシステムを導入し、23時以降の外出・チェックインを自動化する\
  2. 共用スペースにセルフサービスコーナーを設置し、タオル・飲料・簡単な軽食などを
    お客様ご自身で取っていただけるようにする

そして、ここが肝心なのですが、
念のため、ご年配のお客様への配慮として客室電話での直接対応は残しました。
必要な場合はすぐに対応できる体制を維持したうえで、無人化を進めています。

結果

深夜の常駐スタッフを1名減らすことができ、年間約240万円の人件費削減につながりました。

そして浮いた予算を、客室の備品更新や温泉設備の修繕など、
お客様が直接体験する部分に投資しています。

さらに、夜間のセルフコーナーが若者や家族層に好評で、口コミでも高評価の意見が増えてきているそうです。
削っただけでなく、評価が上がっている点が重要です。

発展形|客室タブレット+外部コールセンター

もう一歩進んだ方法として、
各客室に、レストランの卓上注文のようなタブレットを設置するやり方もあります。

  • 送信された内容を外部コールセンターへ転送する
  • センター側で内容を仕分けし、緊急の場合のみ旅館スタッフへコールする

別の旅館でテスト的に実施したところ、年間数百万円規模のコスト削減の試算が出ています。

ただしこちらは設備投資が伴うため、現在は補助金と合わせて申請し、導入していくプロジェクトを進めている段階です。
導入をご検討の場合は、先に補助金の対象になるかを確認することをおすすめします。

進めるときのチェックリスト

確認する項目と、その中身を並べると次のとおりです。

確認項目見るところ
深夜の対応記録件数と内容を2週間〜1ヶ月(時間帯の定義は御施設で)
深夜帯の年間人件費深夜手当を含めた御施設の実数
客層の年齢構成若年層中心か、高齢層中心か
要望の仕分けセルフ化できるもの(タオル・飲料・軽食・鍵・館内情報)とできないもの
緊急時の導線客室電話、緊急連絡先など高齢のお客様向けに残したか
労務面就業規則・36協定・シフトの変更を社労士に確認したか
消防・防災面夜間の人員要件を所轄に確認したか

最後の2項目は必須です。 夜勤体制の変更は労働条件の変更にあたり得るため、
必ず就業規則と労働基準法の範囲内で、社労士にご確認のうえ進めてください。

よくある間違い

起こりがちな4つを、何が問題かとあわせて整理します。

よくある間違い何が起きるか
記録を取らずに人を減らす対応件数が分からず、事故が起きたときに戻せない
全部を一度に無人化する高齢のお客様の導線が消え、クレームになる
客層を確認しない若年層中心か高齢層中心かで結果が正反対になる
浮いた分を利益に埋めるお客様が体験する部分に再投資しないと評価につながらない

なお、この手のシステム化はすべての旅館に当てはまるわけではありません。
利用者が若手から中年世代の場合に、特に効果を発揮します。
お客様層と施設の特性に合わせて、深夜帯の仕組みを最適化していくのが基本方針です。

まとめ

  • 深夜帯は稼働が最低なのに人件費は最も割高。中堅規模では年間数百万円になり得る
  • 削減の前に、深夜の対応件数と内容を記録する。 印象で決めない
  • セルフサービス環境(スマートキー+セルフコーナー)で常駐を減らし、

高齢のお客様向けに客室電話などの導線は残すのが基本形

  • 浮いた予算は、客室備品や温泉設備などお客様が直接体験する部分に回す
  • 夜勤体制の変更は労務・法令に関わるため、就業規則と労働基準法の範囲内で、社労士に確認のうえ進める