旅館の離職率を下げる方法|本音を聞き出す運用
「忙しい時期にスタッフがやめてしまった」「最近、離職者が多いな」。
人材不足に悩む旅館が、まず確認するべきことが1つだけあります。
制度をどう入れるかの話は記事B31でお話ししました。
この記事はその手前、あるいは並行して必要になる「現場での運用」の話です。
離職者を減らすために最も重要なのは、
やめてしまう本当の理由を見つけることです。
「それは分かっている」と思われた方も、もう少しだけお付き合いください。
多くの旅館が、ここで取り違えています。
スタッフが言う退職理由は、たいてい本当ではない
スタッフがやめるとき、なかなかリアリティのある退職理由を聞かされると思います。
家庭の事情。体調不良。しかしこれは本当の理由でしょうか。
冷静に確率で考えてみてください。
もし家庭の事情や体調不良が本当の理由なら、
離職率が特定の旅館だけ高いというのはおかしいはずです。
そういった理由は、すべての職場で同じ確率で発生します。
実際には、多くの場合スタッフはやめるときに「それっぽい理由」を用意しています。
身近な例で考えると分かりやすいと思います。
友人との関係が冷めたとき、相手に「もう会いたくない」とはっきり言う人はいません。
ほとんどの人は「最近忙しくて」と言って、徐々に距離を置きます。
この、言われない本音を知ることこそが、次の離職を防ぐ手がかりです。
なお、近年は退職代行サービスが急速に成長しています。
本音を伝えないまま辞める流れは、宿泊業界にも及んでくる可能性があります。
「聞けば教えてくれる」という前提は、これから先ますます通用しなくなります。

離職率は産業全体よりはっきり高い
実例|時給を200円上げても、離職率は変わらなかった
ある旅館の事例です。
スタッフの離職率が年間40%と高く、採用コストも膨らんでいました。
参考までに、厚生労働省『令和6年雇用動向調査』の数字と並べると、次のようになります。
| 区分 | 離職率 |
|---|---|
| この施設 | 年間40% |
| 宿泊業・飲食サービス業(ホテルを含む) | 25.1% |
| 全産業計 | 14.2% |
| 一般労働者 | 18.1% |
| パートタイム労働者 | 29.9% |
産業計と比べれば宿泊業・飲食サービス業は高い水準ですが、この施設はその宿泊業・飲食サービス業の平均をさらに大きく上回っていました。
女将さんは当初、「給料が低いからやめるのでは」と考え、
時給を200円上げる対策を取りました。
しかし、離職率はほとんど変わりませんでした。
ここが最大の教訓です。
良かれと思って待遇を見直しても、原因が違えば効きません。
そして待遇改善は、一度上げたら下げられない、後戻りできない打ち手でもあります。
そこで実際に入れた運用は、次の3つです。
| 運用 | やること | ねらい |
|---|---|---|
| 1. 匿名アンケート | 右腕スタッフの協力で実施 | 普段は口に出せない本音を出す |
| 2. モチベーション面談 | 月1回30分の雑談形式 | 本音が継続的に流れ込む導線を作る |
| 3. すぐ直せるものから対応 | 休憩時間の確保、シフト提出期限の見直し | 変わろうとする姿勢を伝える |
運用1|「右腕スタッフ」を軸にした匿名アンケート
そこで私たちは、女将さんが信頼できる、右腕的なスタッフを1人見つけ、
その方の協力のもとで匿名アンケートを実施しました。
なぜ女将さんが直接やらないのか。
女将さん宛のアンケートには、本音が書かれないからです。
匿名であっても、「読むのが女将さん」だと分かった瞬間に、答えは丸くなります。
この信頼できる右腕スタッフの存在が、本当に重要です。
出てきた本音
実施して最初に分かったのは、次のような内容でした。
- 複数の作業の兼務が当たり前になっており、それを是正する機会や仕組みがない
- **2部制の中休みは、実質的に自由がないも同然。
異業種の友人と比較すると「ブラック」だと感じる**
いずれも、普段は口に出せない本音です。
さらに、次のような不満も次々と出てきました。
- シフトの提出締め切りが早すぎる
- 特定のスタッフの言動に悩んでいる
- 仕事量が明らかに違う人と同じ給与水準なのはおかしい
注目していただきたいのは、このうち「給料そのものが安い」という不満が中心ではないことです。
時給を200円上げても変わらなかった理由が、ここにあります。
運用2|月1回30分のモチベーション面談
アンケートは一度きりの写真にすぎません。継続的に本音が流れ込む導線が必要です。
そこで、この右腕スタッフの業務の1つとして、
月に1回のモチベーション面談を実施してもらうことにしました。
- 30分程度の雑談形式
- 「最近の業務で嬉しかったことは何か」
- 「改善したいことはある?」
この程度の、シンプルな質問を通じて本音を引き出していきます。
面談で得られたもの
このシンプルな取り組みによって、
日常業務では見えないスタッフの成長意欲や、将来のキャリアプランまで把握できるようになりました。
職場環境を変えるための貴重な情報が、次々と集まってきます。
さらに大きかったのは、
右腕スタッフが相談役になることで、小さな不満が大きな問題になる前に解決できるようになったことです。
結果的に、スタッフの定着率も大幅に向上しました。
面談を機能させるためのルール
守るべき4点と、その理由です。
| ルール | 理由 |
|---|---|
| 評価と切り離す | 人事評価に使うと分かった瞬間、本音は出ない |
| 女将・支配人が同席しない | 右腕スタッフに任せきる |
| 30分を超えない | 業務時間内に収める前提(面談時間は労働時間です) |
| 「聞いて終わり」にしない | 対応まで行って初めて効く(次項が本丸) |
運用3|すぐ対応できるものから、片っ端から直す
女将さんは、アンケート結果のうちすぐに対応できるものから、片っ端から手を付けました。
- 休憩時間の確保
- シフト提出期限の見直し
そして並行して、信頼できる右腕スタッフからは、
その対応に対するスタッフの心変わりなど、本音を聞き出し続けてもらったのです。
ここが決定的に重要です。
最初はうまくいかなくても、変わろうとする姿勢を見せるだけで、
スタッフ側には「この女将さんについていこう」という気持ちの変化が生まれます。
改善そのものより、改善しようとしていることが伝わるかどうかのほうが効きます。
なお、休憩時間・中休み・シフトの運用変更は労働基準法に直結します。
就業規則と労働基準法の範囲内で、社労士にご確認のうえ進めてください。
結果|1年目で変化、2年目で20%へ
- 最初の1年で、多くのスタッフの態度に前向きな変化が起こり始めました
- 2年目以降は、離職率が20%近くまで下がりました(当初は40%)
さらに副次的な効果もありました。
この取り組みは非常に本質的な改善なので、
職場環境が良いという評判が徐々に広まり、
従業員の知り合い伝てに、経験者の新規応募も増えてきたのです。
つまり、定着の改善は、そのまま採用の改善につながります。
記事B31の紹介採用も、この土台があって初めて機能します。
進め方のチェックリスト
- 直近1年の離職者数と離職率を数字で出したか(御施設の実数)
- 退職者が挙げた理由を並べ、「他の職場でも同じ確率で起きる理由」ばかりでないかを確認したか
- 女将・支配人以外で、スタッフが本音を話せる人が社内にいるか
- 匿名アンケートを実施したか(回答者が特定されない形式か)
- 月1回30分のモチベーション面談を、業務として組み込んだか
- 出てきた不満のうち、今週中に直せるものを1つ以上決めたか
- 対応した内容を、スタッフに見える形で伝えたか
- 休憩・シフト・中休みの変更について、社労士に確認したか
よくある間違い
つまずき方と、その代わりにやることをまとめます。
| よくある間違い | 何が起きるか | 代わりにやること |
|---|---|---|
| 待遇改善から始める | 原因が違えば効かず、後戻りもできない | 先に本当の理由を見つける |
| 女将・支配人が直接ヒアリングする | 本音が出ない | 右腕スタッフを間に立てる |
| アンケートを1回で終える | 改善後の変化が拾えない | 月1回の面談で継続的に聞く |
| 聞いたのに何も変えない | 期待させて裏切るぶん、以前より悪化する | すぐ直せるものから着手する |
| 特定スタッフへの不満を放置する | ハラスメント事案になり得る | 社内規程に沿って対応する |
まとめ
- スタッフが語る退職理由は、たいてい本当の理由ではない。
特定の旅館だけ離職率が高い時点で、家庭の事情や体調不良では説明がつかない
- 待遇改善から入らない。 時給を上げても、原因が違えば離職率は動かない
- 信頼できる右腕スタッフを軸に、匿名アンケート+月1回30分の面談で本音の導線をつくる
- 出てきたもののうちすぐ直せるものから着手する。 変わろうとする姿勢そのものが効く
- 定着が改善すると評判が広まり、採用にもそのまま効いてくる
- 休憩・シフト・中休みの見直しは、就業規則と労働基準法の範囲内で社労士に確認のうえ行う