旅館の設備投資 稟議の通し方|オーナー交渉は費用対効果で
「うちのオーナーに新しいプランを提案しても、なかなか聞いてもらえない」
「設備にお金をかけてほしいと言っても、流されてしまう」
女将さんから、こうしたご相談をいただくことがあります。
旅館の業務の責任者と、旅館の財布の責任者が別の場合に起きやすい問題です。
この記事では、提案の中身ではなく伝え方の組み立てを変える方法を整理します。
対立しているのではなく、見ている数字が違うだけ
先にお伝えしたいのは、オーナーと女将で運営方針の議論が起きるのは、よくあることだという点です。
むしろ、お互いに旅館を良くしようと考えているからこそ、議論は熱くなります。
問題は意見の対立ではなく、目線が少しずれていることにあります。
同じ旅館の話をしていても、見ている数字は次のように分かれています。
| 立場 | 主に見ている数字 | 判断の基準 |
|---|---|---|
| 女将さん | 顧客満足度と客室稼働率 | お客様のためになるか |
| オーナー | 満足度・稼働率に加え、かかる費用と出せる利益 | 増益になるか |
多くの場合、女将さんからの提案は
「従業員の不満を受けての職場環境の改善」や「お客様の声を受けての設備修繕・プラン改善」です。
内容としては正しくても、これだけではオーナーに増益のイメージが湧かず、判断ができません。
決着がつかない議論のほとんどは、このゴール設定のずれが原因です。
同じ構図は、現場でも起きている
分かりやすい例があります。
従業員から女将さんへの相談で、
- 「この制服、窮屈で着心地が悪いんです」
- 「この制服だと、お客様の荷物をお持ちするときに動きづらく、サービスがスムーズにできません」
同じ制服の話でも、後者のほうが耳を傾けやすいのではないでしょうか。
従業員は自分の快適さから考えますが、女将さんはそれ以上にお客様へのサービス品質を重視しています。
だから「お客様のためになるなら改善すべき」と判断できる。
オーナーとの会話も、まったく同じ構図です。
オーナーは「増益になるなら改善すべき」と考えます。
やることは1つ|「かかるお金」と「儲かるお金」を見せる
伝え方の工夫を一つに絞るなら、
提案するときに、かかるお金と儲かるお金をセットで見せることです。
女将さんからの提案を、オーナーは投資に対するリターン、つまり費用対効果で判断しています。
であれば、提案の側から先に費用対効果を出してしまえば、話は一気に進みます。
提案書に必ず入れる要素は4つです。
| 要素 | 書くこと |
|---|---|
| お客様側の事実 | 要望がどれだけあるか。感覚ではなく件数・割合で |
| かかる費用 | 初期投資と、続けた場合の月額 |
| 見込める効果 | 売上・リピート・稼働のどれが、どれだけ動きそうか |
| 回収の見通し | 何ヶ月目から黒字になりそうか |
実例|一度断られた朝食プランの変更を通した進め方
ある旅館の女将さんから、こんなご相談をいただきました。
地元の食材を使った朝食メニューへのニーズを感じているが、
オーナーからは「今のままで十分」と断られてしまう。
以下は、その進め方を順番に追ったものです。
数字そのものより、どの順番で何を用意したかを見てください。
私たちの本来の業務はデジタル周りや増益のお手伝いですが、
こうしたオーナーへの話の持っていき方のご相談は、意外と多いのが実情です。
(逆に、オーナー側から「どうやったら女将を説得できるか」という裏のご相談をいただくこともあります。)
1. 感覚を、数字に置き換えた
まず、女将さんにお客様の声を具体的に記録してもらい、あわせて口コミサイトの評価を分析しました。
すると、朝食の充実を求める声が全体の20%あることが分かりました。
「ニーズを感じている」が、客観的なデータに変わった瞬間です。
2. かかる費用を、現場の見立てで出した
次に、料理長に見立ててもらいました。
お試しであれば、初期投資は20万円程度で実施できるという結論でした。
ここは料理長・仕入先など、実際に手を動かす人に出してもらうのが重要です。
女将さんの概算だと、オーナーから「本当にそれで足りるのか」と返されて止まります。
3. 儲かるお金を、試算として添えた
さらに説得力を高めるため、この改善策で得られる効果を試算しました。
- 5%程度のリピート客の増加が見込めそう
- その場合、年間でおよそ80万円の追加売上が見込めそう
- ただしここで出しているのは売上です。食材原価や手間などの継続コストを差し引いて考えると、
初期投資を回収し切って手元に利益が残り始めるのは6ヶ月目以降、という見立てになりました
ここで売上と利益を分けて書いたのがポイントです。
売上の増加額だけを見せると「では初月から黒字ですよね」と読まれ、
実際にそうならなかったときに、次の提案の信用まで落ちます。
回収の見通しは、必ず継続コストを引いた側で言う。 これだけで提案の精度は上がります。
そのうえで大事なのは、この試算が当たっているかどうかではありません。
増益ベースの提案の形になっているかです。
数字が入った瞬間、議論の性質が変わります。
オーナーとの話は「やるか、やらないか」ではなく、数字の妥当性の検証に移り、
最終的に朝食メニューの試験導入に着手することになりました。
オーナーからは「これでお客さんが増えるなら、断れないよね」という言葉が出たそうです。
そして後日、費用対効果の視点を女将さんが持ったことで、それ以降の会話もスムーズになったとのことでした。
明日から使える組み立て方
提案の前に、次のチェックリストを埋めてみてください。
埋まらない項目があるうちは、提案を出すタイミングではありません。
- この要望は、何件・何%のお客様から出ているか(口コミ・アンケート・現場の記録)
- 初期費用はいくらか。見積もりを出したのは誰か
- 続けた場合、毎月いくらかかるか
- 効果は、単価・稼働・リピートのどれに出るのか
- 何ヶ月目から回収できそうか
- やめるときの条件は何か(試験導入なら、いつ判定するか)
最後の項目は特に効きます。
「3ヶ月やって数字が動かなければやめます」と先に言えると、オーナー側のリスクが下がり、
「一度試してみるか」に持ち込みやすくなります。
出し方も、決裁の通りやすさを左右する
同じ内容でも、いつ・どんな形で出すかで結果は変わります。
- 口頭ではなく、A4で1枚にまとめる。 数字が並んだ紙は、その場で判断されなくても手元に残ります
- 繁忙期の真っ最中に出さない。 予約状況が落ち着いている時期のほうが、検討の余地が生まれます
- 他の提案と一緒に出さない。 複数を並べると「全体でいくらかかるのか」の話にすり替わります
- 決めてほしいことを1行で書く。「試験導入の可否をご判断ください」まで書き切る
通らなかったときの次の一手
一度で通らなくても、それは失敗ではありません。
断られた理由が、費用なのか、効果への疑問なのか、タイミングなのかを必ず聞いてください。
理由が分かれば、次の一手はこう変わります。
| 断られた理由 | 次の一手 | 具体的には |
|---|---|---|
| 費用 | 規模を落とす | 20万円が通らないなら、まず5万円でできる形を探す |
| 効果への疑問 | 期間を区切る | 「3ヶ月で判定します」という試験導入に変える |
| タイミング | 実施時期を動かす | 予算の期でいつなら検討できるかを聞く |
断られた理由を潰した再提案は、初回よりはるかに通ります。
逆に、理由を聞かないまま同じ提案を繰り返すと、内容ではなく人の話になってしまいます。
よくある間違い
つまずきやすいのは、次の4つです。
| よくある間違い | どうなるか | こうする |
|---|---|---|
| 「お客様の声がありました」だけで終える | 感想として扱われる | 件数・割合を添える |
| 費用を言わずに要望だけ伝える | 金額が不明で判断できない | 初期費用と月額を出す |
| 効果を断定する | 「必ず増えます」は逆効果 | 試算であることを明示する |
| 一度で全部通そうとする | 決裁が重くなる | 試験導入・期間限定に刻む |
女将さんがここまで数字を使って提案する例は、正直まだ多くありません。
だからこそ、数字を1つ添えるだけで印象が変わります。
なお、提案の中身が人の採用・配置・労働時間・給与や、外部との契約・支払い条件に及ぶ場合は、
費用対効果の試算とは別に、社会保険労務士・税理士など専門家の確認を挟んでください。
本記事で扱っているのは、あくまで提案の組み立て方と伝え方であり、
労務・税務・契約上の取り扱いを示すものではありません。
まとめ
- 提案が通らない原因は中身ではなく、女将とオーナーで見ている数字が違うこと
- オーナーは費用対効果で判断する。かかるお金と儲かるお金をセットで見せる
- 試算は当たっているかより、増益ベースの形になっているかが重要
- 数字を入れると、議論が「やるか否か」から数字の検証に移る