温泉成分表の掲示だけでは伝わらない|宿の3分ストーリー

宿の達人 編集部

「もっとたくさんのお客様に、うちの温泉を楽しんでもらいたい」
「せっかくの名湯なのに、魅力を伝えきれていない」

女将さんとお話ししていると、この声をよく伺います。
一方で現場では、専門用語だらけの成分表の前でお客様が「これって何?」と困っている、
あるいは一度もお風呂に入らずに帰ってしまうお客様がいる、という状況が起きています。

温泉は「情報が足りない」のではなく「翻訳されていない」

温泉分析書(成分表)は、湯の内容を正確に伝えるための書類です。
掲示されている以上、情報は足りています。

足りていないのは、お客様の言葉への翻訳です。

掲示物に書かれていることと、お客様が知りたいことを並べると、ずれが見えてきます。

掲示物に書いてあることお客様が知りたいこと起きていること
ナトリウム-炭酸水素塩泉それで何が嬉しいのか用語のまま素通りされる
pHの数値自分の肌にどう関係するのか数値と自分がつながらない
泉温・湧出量どう入るとよいのか入り方が変わらない

書いてあるのに伝わらない。 これは温泉に限らず、宿の情報公開全般で起きている問題です。
客室の設備も、食材の産地も、施設の歴史も、事実として掲示・記載はされているのに、
お客様の関心の言葉に置き換わっていないために素通りされます。

先に確認しておくこと

繰り返しになりますが、成分表そのものは、法令に基づく掲示物です。
書き換える・要約したものに差し替える・掲示を外す、といった対応は行わず、
掲示は掲示として維持したまま、隣に「分かる版」を足すという考え方でお読みください。
掲示の要件については、必ず都道府県の温泉部局または管轄の保健所にご確認ください。

実例|「難しくて分からない」という声から始まった宿

ある温泉旅館では、温泉の成分表について「難しくて分からない」という声が多く寄せられていました。

さらにアンケートを取ったところ、
1泊のあいだに温泉を一度も利用していないお客様が3割いることが分かりました。

温泉旅館としては、これはかなり大きな数字です。
お風呂に入らずに帰るお客様は、口コミで温泉に触れることもありません。

打ち手は「3分間の温泉ストーリータイム」

女将さんが始めたのは、毎日、夕食前の3分間のミニトークでした。

  • 夕食前、お客様が集まっているタイミングを使う
  • 「今日の温泉ストーリー」として、温泉の成分を1つだけ取り上げる
  • その成分にまつわる話や、その土地に残る歴史・言い伝えを交えて話す

たとえば、こういう語り口です。

「今日の温泉には、肌を整えるといわれる〇〇という成分が含まれています。

古くから“美しさの源”と呼ばれ、昔から大切にされてきた成分なんですよ。」

なお、この語り口はあくまで言い伝え・一般的な説明として話している形です。
効能・効果を施設として断定する表現は、景品表示法・医薬品医療機器等法に触れる場合があります。
チラシ・館内POP・公式サイトなど文字にして残す場合は特に、
表現の可否をあらかじめ確認したうえでお使いください。

ポイントは3つあります。

  1. 成分表を全部説明しない。 1日1成分に絞る\
  2. 数値ではなく、物語で伝える。 歴史・言い伝え・地域の呼び名が使える\
  3. 3分で終える。 長い解説は、お客様の時間を奪う説明になってしまう

続けるために決めておくこと

3分のトークは、始めるより続けるほうが難しい取り組みです。
女将さんが不在の日に止まってしまうと、口コミにも波が出ます。

止まらないようにするために、先に決めておくことは4つです。

決めておくこと中身決めないとどうなるか
台本を紙にしておく3成分×3行女将さんしか話せない
話す人を2人以上にする女将さん専任にしない休んだ日に消える
曜日で内容を決める話す成分を固定する毎日ネタを考えて続かない
話した内容を記録する話した成分を残す同じ成分が続いても気づけない

なお、女将さん本人が話す日は、反応が明確に違います。
続けるための仕組みは用意しつつ、週に何日かは女将さんが立つ設計にするのがおすすめです。

館内放送にも乗せた

さらにこのミニトークを館内ラジオでも放送し、
夕食前のロビーに居合わせなかったお客様にも届くようにしました。

同じ内容を、複数の接点に流す。 これは費用がかからないわりに効きます。

結果

わずか1ヶ月で変化が出ました。

  • 温泉を利用していないお客様の割合が、3割から1割に減少
  • 口コミサイトでの、温泉に関する評価の件数が1.5倍
  • 「女将さんの話を聞いて、温泉が楽しみになった」という声が続出

数字以上に重要なのは、話を聞いた人が温泉のことを書くようになったという点です。
口コミは、体験した人ではなく語れるようになった人が書きます。

応用|評価が上がったタイミングで、もう一手を打つ

この宿では、温泉の評価が上がったことをチャンスと捉え、
「シャンプーバイキング」を始めました。

  • 髪質や好みに合わせて、シャンプーを数種類用意する
  • お客様は、入浴前に好きなものをケースに入れて浴場へ持参する

これが特に若い女性のお客様から好評で、Googleマップの評価も上がったそうです。
温泉そのものに手を入れたわけではなく、選ぶ楽しみを1つ足しただけという点が、
この取り組みの再現しやすいところです。

一般に、男性に比べて女性のお客様は口コミを書いてくださる割合が高い傾向があります。
口コミ評価を伸ばしたい場合、女性のお客様が「写真を撮りたくなる」「人に話したくなる」施策は
相性が良い、という考え方ができます。

同じことが起きている、他の情報

「掲示・記載はしてあるのに、伝わっていない」情報は、温泉以外にもあります。
一度、次の観点で自館を見直してみてください。

  • 貸切風呂・大浴場の利用時間 … 掲示はあるが、チェックイン時に口頭で言われていない
  • 食事の産地・仕入先 … 品書きに書いてあるが、なぜそれを選んでいるかが書かれていない
  • 館内の段差・エレベーターの有無 … 事実は書いてあるが、

どういう方に向いていて、どういう方には負担かが書かれていない

  • 建物の古さ … 「築〇年」だけでは、風情なのか不便なのかが伝わりません

いずれも書き足すべきなのは事実ではなく、その事実がお客様にとって何を意味するかです。
そしてこれは、そのまま予約前の情報公開(公式サイト・OTAの施設情報・Googleマップ)にも効きます。
予約前に伝われば選ばれる理由になり、館内で伝われば体験の満足度になります。

明日からできる手順

着手から効果測定までは、次の6ステップです。

ステップやること目安
1アンケートに「今回、温泉を利用しましたか」を1問足す未利用者の割合が出発点の数字
2成分表から話せる成分を選ぶすべてではなく3つで十分
31成分につき台本を書く3行(どんな成分か/昔どう呼ばれていたか/今日どう入ると良いか)
4話す場所と時間を固定する夕食前・チェックイン後など毎日同じタイミング
5同じ内容を他の接点にも展開する館内放送・客室の案内・公式サイト
6同じアンケートで測り直す1ヶ月後

よくある間違い

やりがちなのは、次の4つです。

よくある間違いどうなるかこうする
成分表を全部説明しようとする長くなり結局伝わらない1回1成分に絞る
掲示物を「分かりやすく」書き換える法令に基づく掲示物を触ることになる掲示は維持し、別に足す
効能を断定して伝える「治る」「効きます」は避けたい表現言い伝え・一般的な説明にとどめる
一度きりのイベントにする一部のお客様にしか届かない毎日続けて全員に届ける

温泉成分表という一見難解な情報も、お客様の関心に合わせたストーリーに変換することで、
むしろ旅館の魅力を伝える武器になります。
そして、他の旅館がこういう紹介をしていないからこそ、ちょっとした体験の工夫が強みになります。

まとめ

  • 成分表は情報が足りないのではなく、お客様の言葉に翻訳されていない
  • 掲示物は法令に基づくもの。触らずに、分かる説明を別に足す(要件は保健所等へ要確認)
  • 夕食前3分・1日1成分のミニトークと館内放送で、温泉未利用者と口コミは動く
  • 評価が上がったタイミングで、次の一手(体験の工夫)を重ねる