客室稼働率を上げると利益が減る理由|目標稼働率の決め方
お客様が増えたのに、利益が下がった旅館があります。
「空室は敵」「とにかく部屋を埋めなければ」。
そう思って日々奮闘されている方は多いはずです。
ですが、その頑張りが、体力も利益も奪っているとしたら。
実は、この負のループに陥っている宿は、決して少なくありません。
そもそも、稼働率は「目標」に向いていない指標です
先に、考え方の前提を整理しておきます。
客室稼働率は、結果を測るための指標であって、目指すための指標ではありません。
理由は単純で、稼働率は値下げすればいくらでも上げられるからです。
極端な話、料金を半額にすれば埋まります。ですが、それで利益が増えるかは別の話です。
目標に置いた瞬間、値下げが正当化されてしまう。 ここが稼働率という指標の危うさです。
宿の売上は、大まかに「客室単価 × 稼働率 × 客室数」で決まります。
このうち経営が動かせるのは、単価と稼働率の2つです。
そして、この2つは同時には上げにくい関係にあります。
- 単価を上げれば、稼働率は下がりやすい
- 稼働率を上げようとすれば、単価は下がりやすい
だから、どちらか一方だけを目標に置くと、必ずもう一方が犠牲になります。
見るべきは、この2つを掛けた結果として、最後にいくら残るかです。
さらに厄介なのは、稼働率が上がるとコスト側も動くという点です。
売上は「単価 × 稼働率」できれいに比例しますが、コストは比例しません。
ここから先が、この記事の本題です。

稼働率は結果であって、目標ではありません
なぜ、埋めるほど利益が減るのか
理由は明確です。人件費と運営コストが、売上以上に増えるからです。
稼働率が50%から80%に上がると、お客様は1.6倍になります。
ですが、必要なスタッフは1.6倍では済みません。
フロントを例にすると、稼働率60%なら3人で回せていたのに、
80%を超えると5人でも足りなくなることがあります。
理由は単純です。お客様が多いと一人ひとりへの対応が慌ただしくなり、
チェックインが集中すると準備が間に合わなくなるからです。
さらに、
- 従業員が増えれば管理の手間も増える … 人件費は加速度的に膨らみます
- 女将・オーナーにしかできない仕事が増える … 「料理が遅い」「部屋が違う」といった
対応は、結局トップに上がってきます。お客様が増えれば、その分トラブルも増えます
- 「確認しないと返事ができない」場面が増える … 全体のオペレーションが滞ります
稼働率が上がったときに、コスト側で何が起きるかを並べるとこうなります。
| 項目 | 稼働率60%前後 | 稼働率80%超 |
|---|---|---|
| フロント人員 | 3人で回せる | 5人でも足りないことがある |
| チェックイン対応 | 準備が間に合う | 集中して準備が間に合わない |
| 管理の手間 | 目が届く | 人が増え、加速度的に膨らむ |
| 女将・オーナーの仕事 | 通常業務の範囲 | トラブル対応と確認事項が集中 |
(人数は本文の例です。御施設の実数に置き換えてご覧ください)
食材ロスは、稼働率とともに跳ね上がります
これがいちばん見落とされます。
朝食のバイキングで言えば、
稼働率60%なら5%程度だったロスが、80%を超えると20%近くまで跳ね上がることがあります。
理由は、忙しさのあまり細かな管理ができなくなるからです。
規模が大きくなるほど、強固なオペレーションと人材管理が必要になります。
中規模の旅館でこれを実現するのは簡単ではありません。
結果として、お客様が増えると利益率が大きく下がるという事態が起こります。
実例:目標稼働率を85%から65%に下げた旅館
ある旅館の事例です。
改善前の状態:
- 稼働率85%を目指し、さまざまなプランを用意していた
- 従業員数は同規模の旅館と比べて1.5倍
- それでもスタッフからは「なんか忙しい」という声が絶えない
- 食材ロスは平均20%以上
- 女将は朝から晩まで働き詰め
「なぜ忙しいのに利益が出ないのか」を一緒に分析したところ、次が見えてきました。
- プランが多すぎて、スタッフが混乱している
- 女将への確認事項が多すぎる
- 高単価のお客様も低単価のお客様も同じように接客していて、効率が悪い
提案したのは「プランを減らして、単価を少しずつ上げる」
女将は「お客様が減るのでは」と心配されました。ここに大きな落とし穴があります。
相場は常に変化しています。その地域でも新しい旅館ができ、価格帯は年々上がっていました。
もちろん競合に合わせて設定しますが、
単価を数千円上げたくらいでは、お客様の数はほとんど変わりません。

稼働率を上げる前に確認する3つ
目標利益から逆算する
そこで、次の順番でシミュレーションを行いました。
- 必要な年間利益を決める\
- その利益を出すには、客室単価をいくらにすれば、稼働率をどこまで下げられるか\
- その稼働率なら、必要なスタッフは何人か\
- 食材ロスはどれだけ抑えられるか
順番が逆になっている宿が、とても多いところです。
「まず稼働率の目標を決めて、そこから必要な人数を数える」のが一般的なやり方ですが、
これだと利益は最後に「余ったもの」として決まります。
余りものなので、当然ながら残らないこともあります。
逆算では、利益を最初に確保する数字として置きます。
そのうえで、その利益を出せる単価と稼働率の組み合わせを探すという順番です。
逆算するときに必要な数字
特別な会計知識は要りません。手元にあるもので足ります。次の4つを、御施設の数字で埋めてください。
| 必要な数字 | 中身 | 御施設の値 |
|---|---|---|
| 年間で残したい利益額 | 借入返済・設備の更新積立・役員報酬まで含める | |
| 固定費の年額 | 人件費の固定分・光熱費の基本料・保守・リース・保険・借入返済 | |
| 1室1泊あたりの変動費 | 食材費・アメニティ・リネン・清掃外注費・OTA手数料 | |
| 客室数と平均客室単価 | 現在の実績値 |
この4つが揃うと、「単価をいくらにすれば、稼働率が何%で成り立つか」という
組み合わせの表が作れます。感覚ではなく、表で判断できるようになります。
単価と稼働率は、セットでしか判断できない
ここでよく起きるのが、単価だけを見て「高いから売れない」と決めてしまうことです。
実際には、単価を上げると1室あたりの粗利が増えるため、
同じ利益を出すのに必要な部屋数が減ります。
つまり、単価を上げれば上げるほど、必要な稼働率は下がるという関係です。
上の4つの数字を入れて、単価を振りながら「同じ利益を出すのに必要な稼働率」を並べる表です。
| 客室単価 | 1室あたりの粗利 | 同じ利益に必要な稼働率 | 御施設の値 |
|---|---|---|---|
| 現状のまま | 基準 | 基準 | |
| 現状より数千円上げる | 増える | 下がる | |
| 現状より下げる | 減る | 上がる(現実的でない水準になることも) |
これを表にして眺めると、
「思っていたほど埋めなくてよかった」という結論になる宿が少なくありません。
逆に、単価を下げた場合に必要な稼働率が現実的でない水準になることも、はっきり見えます。
最後に周辺の競合旅館の価格帯を調査し、無理のない範囲で単価を決め、
目標稼働率を65%まで下げました。
65%は決して高い数字ではありません。
ですが、出ていくお金のバランスから計算すると、実態はこのくらいで落ち着くことも多いのです。
家計管理と同じ考え方です。
「月にいくら貯金したいか」から逆算して、収入と支出のバランスを考える。
そして家計簿とちゃんと向き合うと、意外と無駄遣いしていたことが分かる——それと同じです。
結果:売上は少し下がり、利益は1.3倍に
この旅館で、前後がどう変わったかをまとめます。
| 項目 | 改善前 | 改善後 |
|---|---|---|
| 目標稼働率 | 85% | 65% |
| 従業員数 | 同規模の旅館の1.5倍 | 人件費を大幅に削減 |
| 食材ロス | 平均20%以上 | 食材費を大幅に削減 |
| 売上 | 基準 | 若干下がった |
| 利益 | 基準 | 1.3倍 |
| 女将・スタッフ | 朝から晩まで働き詰め | 余裕ができた |
売上は若干下がりましたが、目標稼働率を下げたことで人件費と食材費を大幅に削減でき、
利益は1.3倍になりました。何より、女将とスタッフに余裕ができたことが大きい変化です。
現在は、管理者の育成を進めながら、徐々に稼働率を上げる準備をしている段階です。
空室を埋めることも大事です。
ですがその前に、少ないお客様でもしっかり利益が出る体制を整えることが重要です。
自分の宿で確かめる手順
いきなり目標稼働率を下げる必要はありません。まず、実態を分けて見るところからです。
- 平日と週末(および繁忙期と閑散期)に分けて、稼働率を出す。
月間の平均だけを見ていると、どこが埋まっていてどこが空いているのかが分かりません
- 稼働率の帯ごとに、1室あたりの利益を出す。
稼働率が60%台だった月と、80%台だった月で、1室あたりに残った金額を比べます。
ここで逆転していれば、この記事の話が御施設でも起きています
- 食材ロスを、率で記録する。 金額だけだと稼働率との関係が見えません。
仕入額に対する廃棄の割合で持つと、繁忙月に跳ね上がる様子が数字で出ます
- 人件費を、固定分と変動分に分ける。 稼働に応じて増える分がどれだけあるかを把握します
- プランの本数を数える。 本数が多いほど、料金入力・在庫管理・問い合わせ対応の手間が増えます。
ここは稼働率と関係なく効いてくるコストです
(いずれも御施設の実数を入れてください)
稼働率を下げる前に、確認しておくこと
誤解のないように書いておくと、「稼働率は低いほうがよい」という話ではありません。
- 固定費の重い施設ほど、一定の稼働率は必要です。 大浴場・厨房・館内の維持費は、
お客様が少なくてもかかります。下げすぎれば当然、赤字に向かいます
- 稼働率が低いままで単価も上げられないなら、それは別の問題です。
この場合に見るべきは、掲載内容・写真・口コミ・料金設定であって、目標稼働率ではありません
- スタッフの雇用を維持できるかを先に見ます。 稼働を落とすと、
必要人数も落ちます。人を減らす前提でないなら、単価を上げる側で調整します
- 一度下げた単価は、戻すのに時間がかかります。 稼働を埋めるための値下げは、
翌年以降の単価の上限を下げてしまう点にも注意が必要です
要するに、適正な稼働率は施設ごとに違います。
85%が正しい施設もあれば、65%で十分な施設もある。
決めるべきは「業界の平均」ではなく、「御施設の固定費と単価から逆算した数字」です。
よくある間違い
- 稼働率を、他館と比べる。 固定費も単価も客室数も違うので、比較しても判断材料になりません
- 月間の平均稼働率だけを見る。 平日と週末を混ぜると、手を入れるべき場所が見えなくなります
- 埋めるために、割引プランを増やす。 単価が下がり、管理の手間だけが残ります
- 人件費を「増えた分」でしか見ない。 実際に効いてくるのは、
管理の手間・トラブル対応・女将やオーナーに集まる確認事項といった、数字に出にくいコストです
- 繁忙期の疲弊を、コストとして数えない。 離職が出れば、採用と教育の費用が丸ごと乗ります
まとめ
- 稼働率は結果を測る指標であって、目指す指標ではない。 値下げすれば上がってしまう
- 稼働率が上がると、人件費・食材ロス・トラブル対応が非線形に増える。埋めるほど利益が減る構造は珍しくない
- 目標は稼働率ではなく、必要な利益から逆算して決める。 単価を上げるほど、必要な稼働率は下がる
- 単価を数千円上げても、客数はほとんど変わらないことが多い
- 適正な稼働率は施設ごとに違う。 業界平均ではなく、御施設の固定費と単価から出す
- まず「少ない客数でも利益が出る体制」を作ってから、稼働を上げる