ハラル対応の始め方|旅館が認証なしで受け入れる手順
「中東のお客様から予約の問い合わせがあるけれど、みなさんどうしているの?」
女将さんから、たまにこうしたご質問をいただきます。
ハラル食の対応が難しい。礼拝の場所がない。言葉が通じない。
こうした理由で、せっかくの予約を断ってしまっている宿は少なくありません。
この記事では、断らずに受け入れを始めるための最初の一歩を整理します。
断る前に知っておきたいこと
外国人旅行者の数は年々増加傾向にあります。そのなかで、
日本を訪れる中東のお客様は、滞在日数が長く、消費額も高い傾向にあります。
さらに、日本人観光客のオフシーズンでも予約が入るという特徴があります。
年間を通して需要があるので、客室稼働率の安定にもつながります。
そして何より、対応できる旅館がまだ少ないということは、
今から始めればそのエリアでの差別化になるということです。
- 専門の旅行会社からの送客が増える
- リピート率が上がりやすい
- 口コミでの評価が広がりやすい
「そのエリアで対応しているのはこの宿だけ」という状態は、そのまま強みになります。
心構えは「小さく始める」
ハラル対応でよくある誤解が、この2つです。
- 認証を取らなければいけない
- 全メニューを変えなければいけない
実際には、そうではありません。
中東からのお客様も、日本文化を体験したくて旅行されている方がほとんどです。
彼らが求めているのは完璧な対応ではなく、
自分たちの信仰や文化を尊重してくれる姿勢です。
お客様の側も、自分たちの習慣や信仰が日本では当たり前ではないことを十分に知っていて、
最初から完璧な対応を期待していません。
むしろ、配慮してくれること自体に大きく感謝してくださることがほとんどです。
海外旅行に行ったとき、相手が不器用でも
靴を脱ぐスペースを用意してくれたり、お箸を出してくれたら嬉しいですよね。
できることからの歩み寄りが、お客様の心を掴むポイントです。
※ ただし、どこまでを許容できるかはお客様ご本人によって異なります。
「うちはここまでできて、ここはできません」を事前に具体的に伝えることが前提になります。
ハラル対応の論点は、大きく2つ
一般に、ハラル対応と言われるときの論点は主に2つです。
- 食事 … 豚肉・豚由来成分、アルコールを使わない食事の提供\
- 礼拝 … 礼拝のための場所と環境の提供
言葉の壁は、翻訳アプリと英語の案内文でかなりの部分を補えます。
まずはこの2つから考えます。
食事で避けるものを、正しく押さえる
ここを勘違いしたまま献立を組むと、手間だけかかって的が外れます。
一般に避ける必要があるとされるものと、原則として問題にならないとされるものを、対比で整理します。
| 区分 | 該当するもの | 注意点 |
|---|---|---|
| 避けるとされるもの | 豚肉と豚由来の成分 | ゼラチン、ラード、豚由来のブイヨン・エキス |
| 避けるとされるもの | アルコール | みりん、料理酒、醤油の酒精。和食の調味料に広く入る |
| 原則問題にならないとされるもの | 卵 | 「なんとなく避ける」で外す必要はない |
| 原則問題にならないとされるもの | 乳製品・魚 | 同様に、一般には問題にならないとされる |
- 豚肉と豚由来の成分 … 肉そのものだけでなく、ゼラチン、ラード、豚由来のブイヨンやエキスなど、
加工品の原材料に紛れ込みやすいものが対象になります
- アルコール … 飲料だけの話ではありません。
みりん、料理酒、醤油に含まれる酒精など、和食の調味料に広く入っている点が最大の注意点です
逆に、卵は原則として問題になりません。 乳製品や魚も同様に、一般には問題にならないとされています。
「なんとなく避けておく」で食材を削っていくと、献立が痩せるだけで、肝心の豚由来成分や調味料のアルコールが残ることになります。
外すべきものと、外さなくてよいものを分けて考えてください。
このほか、実務では次の2点も論点になります。
- 肉類は、ハラル処理(イスラム法にのっとったと畜方法)を経たものが求められることがあります。
鶏肉・牛肉を使う場合は、ハラル対応の食肉を仕入れられるかを先に確認しておくと話が早いです
- 調理器具・調理場・揚げ油の分離も論点になります。
豚肉を扱った鍋やフライヤーを共用しているかどうかは、事前に伝えるべき情報です
※ どこまでを求められるかは、認証団体の規定とお客様ご本人の基準によって変わります。
上記は一般的な整理であり、「これを守ればハラル対応になる」という基準ではありません。
実例|予約を全部断っていた旅館が、受け入れを始めた
ある温泉旅館の例です。
この旅館も、以前は中東からのお客様の予約をすべて断っていました。
特別な設備も、専門知識のあるスタッフもいない状態からのスタートです。
女将さんも最初は躊躇していましたが、
「最初から完璧な対応はできないので、お客様の声をもとに少しずつ形を変えていく」
という心構えで、受け入れを始めることにしました。
1つ目|食事は「置き換え」ではなく「別建て」で用意した
まず導入したのは、味噌鍋と野菜中心の小鉢で構成した専用の献立です。
「それだけ?」と思われるかもしれませんが、そこがポイントです。
- 従来のメニューをゼロから変えるのではなく、その方向けの献立を1つ用意するだけ
- 特別なキッチンも必要なく、レシピも大きく変えずに対応できた
- 献立の考え方は、調べればいくらでも出てくる
このとき確認したのは、豚肉・豚由来成分を使っていないことと、
味噌・醤油・みりんといった調味料のアルコール(酒精)の扱いです。
酒精無添加の調味料に置き換えられるか、あるいはお客様がどこまで許容されるかは、
予約時に確認したうえで献立を確定する運用にしています。
料理長の反対と、視点の転換
この決断の背景には、ひとつの視点の転換がありました。
料理長は当初、
「対応のために食材を抜いてしまっては、お客様に出せる味ではなくなる」と強く反対していました。
料理人として、まっとうな反応です。
しかし、考えてみてください。
私たちが海外旅行をしても、日本のような繊細な味や手の込んだ料理には、なかなか出会えません。
日本ほど食材の仕込みに時間をかける国は、実は珍しいのです。
つまり、日本人の目線では「クオリティ的にNG」と思えるシンプルな料理でも、
海外のお客様にとっては十分に及第点であることは、よくあります。
この感覚の違いが理解できると、ハラル対応やインバウンド対応のハードルは一気に下がります。
2つ目|礼拝は「使っていない部屋」で始めた
- 使い捨ての礼拝マットを用意(1枚1,000円程度で購入できます)
- 使っていない会議室を、一時的な礼拝の場所として提供
普段から空いていた空間を活用しただけです。
新たな設備投資はしていません。
あわせて、メッカの方角(キブラ)が分かるようにしておく、
清めのための水回りを案内できるようにしておくといった配慮が喜ばれます。
この旅館が実際に用意したものは、次の2つだけです。
| 論点 | やったこと | 追加の設備投資 |
|---|---|---|
| 食事 | 味噌鍋と野菜中心の小鉢で専用献立を1本 | 特別なキッチンは不要、レシピも大きく変えず |
| 礼拝 | 使っていない会議室を一時的に開放 | 使い捨て礼拝マット(1枚1,000円程度)のみ |
結果
- 1年目は、中東からのお客様が5組程度
- 2年目には10組以上に増加
- 客単価は、日本のお客様よりおよそ10%高い傾向が見られた
数字以上に、「中東のお客様も受け入れられるようになった」こと自体に価値があります。
小さく始めた取り組みでしたが、
周辺では数少ない、中東のお客様に対応できる宿として口コミで広がり始めました。
さらに、Googleマップに英語表記で「Muslim friendly」を追記したことで、
予約の問い合わせが少しずつ増えてきたそうです。
インバウンド需要が増えるなか、まだ他の旅館がやっていないからこそ、
比較的早く成果につながったのだと思います。
言葉の壁は、紙で埋められる
「言葉が通じないから断る」という理由は、実は一番解きやすい部分です。
その場で会話する必要がある場面は、思っているより多くありません。
事前に用意しておくと、現場の負担が大きく下がるものを挙げます。
- 英語の館内案内1枚 … 食事の時間、風呂の時間、館内で靴を脱ぐ場所、Wi-Fiの接続方法
- 食事内容の英語表記 … 使っている主な食材を、品書きの横に並べるだけで十分です
- 礼拝場所の案内 … 部屋名と、利用できる時間帯
- 予約時の確認文 … 「当館でご用意できること/できないこと」を定型文にしておく
対面のやり取りは、翻訳アプリで足ります。
重要なのは、その場の会話力ではなく、事前に文字で渡してあるかどうかです。
そして、この英語の案内文はそのままGoogleマップと公式サイトに載せる素材になります。
始める順番
上から順に、1つずつ片づけていけば足ります。
| ステップ | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 1 | 受け入れ方針を決める | 「できること/できないこと」を紙に書き出す |
| 2 | 献立を1つ用意する | 全メニューではなく1本。料理長と使わない食材を確認 |
| 3 | 礼拝の場所を決める | 空いている部屋でよい。礼拝マットを数枚 |
| 4 | 英語の説明文を作る | 用意できること/できないことを具体的に |
| 5 | 公開する | Googleマップ・公式サイト・OTAの施設情報に明記 |
| 6 | お客様の声を聞いて直す | 一度で完成させない前提で運用する |
よくある間違い
- 認証がないから対応できない、と諦める … 認証の要否はお客様側の基準によります。
ただし、認証を取っていないのに「ハラル認証」と表示するのは絶対に避けてください
- 「対応できます」とだけ書く … 期待値がずれます。できることの範囲を具体的に書く
- 調味料を見落とす … みりん・料理酒・味噌・醤油などのアルコール(酒精)は論点になり得ます。
お客様がどこまでを許容されるか、予約時に確認する運用にしておくと安全です
- 避ける必要のない食材まで外す … 押さえるべきは豚肉・豚由来成分とアルコールです。
卵や乳製品は原則として問題になりません。 ここを取り違えると、
献立が貧しくなるだけで、肝心の論点が残ります
- 肉の仕入れを確認しない … 鶏肉・牛肉はハラル処理を経たものを求められることがあります
- 調理器具・調理場の扱いを説明しない … 鍋・まな板・揚げ油を分離しているかどうかも、
事前に伝える情報です
- 最初から全部やろうとする … 完璧を目指すと、いつまでも始まりません
なお、この「できることから始める」という考え方は、ハラルに限りません。
ベジタリアン、ヴィーガン、グルテンフリー、アレルギー対応など、
特別なニーズを持つお客様全般に応用できます。
まとめ
- 断る前に、滞在日数・消費額・オフシーズンの需要という価値を見る
- 認証も全メニュー変更も、始める条件ではない(基準は認証団体・お客様側で変わります)。
ただし、認証を取っていないのに「ハラル認証」と表示することは絶対に避ける
- 論点は食事と礼拝の2つ。専用献立を1本と、空いている部屋+礼拝マットから始められる
- 食事で避けるのは豚肉・豚由来成分(ゼラチン、ラード等)とアルコール(みりん・料理酒・醤油の酒精)。
卵は原則として問題にならない。 肉のハラル処理と、調理器具・油の分離は別途の論点
- 大事なのは完璧さではなく、できることの範囲を具体的に伝えること