旅館の外国人採用|早期離職を防ぐ採用とシフトの設計
外国人スタッフを採用したものの、すぐ辞めてしまう。
言葉の壁がある中で、時間も労力もかけて育てたスタッフが数ヶ月で去っていく。
経済的にも、精神的にも、これは相当な負担です。
この記事は「辞めさせない設計」の話です。
採用するかどうかの判断材料は記事B27、入社後の育て方は記事B28に分けています。
前提|安定雇用は「選択肢」ではなくなりつつある
2025年の訪日外国人旅行者数は42,683,600人(約4,268万人/前年比+15.8%)と過去最高を更新しました
(出典:日本政府観光局(JNTO)。2024年は36,870,148人)。
そして政府は、2030年6,000万人という目標を掲げています。
つまり、外国人スタッフの安定的な雇用は、あったらいいものではなく、旅館経営の必須条件に近づいています。
ところが現実には、急速なインバウンド需要に対応できず、
外国人スタッフに続けてもらえる環境が作れていない旅館が増えています。
定着に成功している旅館と、そうでない旅館には、決定的な違いがあります。
そしてそれは、待遇でも語学力でもありません。

訪日客の市場別の内訳(2025年)
結論|1人ずつ採用するのをやめる
外国人スタッフの離職を防ぐコツは、2名以上を同時に採用することです。
「1人ずつ丁寧に育てたほうがいいのでは」と思われるかもしれません。
ですが、外国人スタッフが1人だけだと、2つの大きな問題が必ず発生します。
1人だけで雇ったときに起きることを整理すると、次の2つです。
| 問題 | 現場で起きること | 行き着く先 |
|---|---|---|
| 強烈な孤独感 | 気軽に聞ける同僚も、愚痴をこぼせる相手もいない | ストレスが蓄積して離職 |
| 外国語対応の集中 | 外国人客の対応がすべてその人に任される | 通常業務の経験が積めず不満に |
問題1|強烈な孤独感
実際に離職した外国人スタッフに話を聞くと、共通の悩みが見えてきます。
- 「こういうときどうしたらいいの」と気軽に聞ける同僚がいない
- 「終わったことなんだけどさ」と愚痴をこぼせる相手もいない
- 母国語で話せる人が、周りに1人もいない
「日本語が分からなくて、すごく怒られたんだよね」
「お客さんに言われたことが理解できなくて焦った」
こうした話を誰にも共感してもらえず、抱え込むしかない。
その孤独感は日に日に大きくなり、やがてストレスとして蓄積していきます。
想像してみてください。
武者修行として、フランスのホテルに1人で雇われた状況です。
文化も違えば言葉も違う。そんな場所に、仲良しでなくてもいいから日本語が話せる人が1人いるだけで、
圧倒的に落ち着くのではないでしょうか。
仲のいい人がいる職場は、それだけでなかなか辞めないものです。
外国人だけのコミュニティを作りすぎることが日本語習得の妨げになる場合はあります。
ですが、少なくとも最初は、気軽に母国語で話せる同じ境遇の相手が必要です。
問題2|外国語対応が、その1人に集中する
もうひとつが業務側の問題です。
英語を話せる外国人スタッフが1人いると、外国人宿泊客への対応がすべてその人に任されます。
その結果、
- 本来学ぶべき通常業務の経験が不足する
- 他の日本人スタッフに比べて、教えてもらえる時間も少なくなる
これでは成長できません。そして、成長できない職場への不満が募っていきます。
ここには、雇う側が持ちやすい誤解もあります。
「外国人だから英語は堪能だろう」は、多くの場合あてはまりません。
実際に来日しているのは東南アジア出身の技能実習生も多く、英語がそこまで得意ではない人も少なくありません。
来日に合わせて片言の英語を身につけているだけで、ネイティブではないのです。
そんな人に、館内の外国語対応をすべて背負わせている。
この状況になっていないか、雇用する側が理解しておく必要があります。
実例|3人まとめて採用したら、全員が1年以上続いた
ある旅館の事例です。
その旅館では外国人スタッフがすぐに辞めてしまい、次の採用について悩んでいました。
人材紹介会社に声をかけたところ、3人の外国人スタッフを紹介されたそうです。
「どんなふうに選んだらいいか」と女将さんから相談を受けました。
そこで提案したのが、次の2つです。
- 思い切って全員採用してみてはどうか\
- 同じ時間帯に2人以上の外国人スタッフが一緒に働けるよう、シフトを工夫してはどうか
というのも、以前この旅館で働いていた外国人スタッフの退職理由を聞くと、孤独感を挙げていたからです。
複数名を同時に採用すれば、相乗効果が期待できると考えました。
たまたま育児休暇でスタッフが欠けており、常時人員が不足気味だったという事情も後押しになりました。
女将さんは最初躊躇していましたが、「どうせ辞めてしまうかもしれないし」ということで全員を採用します。
結果
それまですぐに辞めてしまっていたのが嘘のように、全員が1年以上働き続け、
今では旅館の重要な戦力になっています。
3人のスタッフは、
- 休憩時間に母国語で会話する
- 一緒に日本語やマナーを教え合う
といったことを自然に始めました。
彼らの間に助け合いの文化が生まれ、「言葉が分からない」という共通の悩みを
一緒に乗り越えようとする姿勢が見られたのです。
この取り組みの結果、外国人スタッフの離職率は大幅に改善し、
インバウンド対応の評判も少しずつ上がっていきました。
同じ境遇の仲間がいることで、「1人じゃない」という安心感だけでなく、
お互いに高め合う環境が自然と生まれます。
実は、外国人スタッフが長く働いている旅館には共通点があります。
「最初は人材不足で、仕方なく複数名の外国人を雇った」というパターンです。
狙って作った制度ではなく、結果的にそうなった宿が定着しているのです。
「2名採る」より難しいのは、シフトを重ねること
ここが実務でいちばんつまずく箇所です。
人数を2名にしても、片方が早番、もう片方が遅番で毎日すれ違うなら、
本人たちにとっては1人で働いているのと変わりません。
在籍人数ではなく、「同じ時間に、同じ場所にいるか」が効きます。
重ねる時間の作り方は、たとえば次の通りです。
| 重ねる場面 | やること | ねらい |
|---|---|---|
| 休憩 | 休憩時間を合わせる | 業務は分けても比較的やりやすい |
| 繁忙時間帯 | チェックイン・夕食・朝食を一緒に入れる | 忙しい時間ほど「聞ける相手」の差が出る |
| 入社直後1〜2ヶ月 | 先輩役の外国人スタッフと同じシフトに | 立ち上がりの孤立を防ぐ |
| 重ねられない日 | 引き継ぎで顔を合わせる時間を10分残す | 完全にすれ違う日を作らない |
シフトは、採用よりも安く、すぐに変えられる打ち手です。
コストゼロで定着に効く数少ない手なので、採用より先に見直す価値があります。
採用前に「辞めた理由」を必ず聞く
今回の実例の出発点は、実は3人採ったことではありません。
前任者に退職理由を聞いたことでした。
孤独感が理由だと分かったからこそ、「複数名の同時採用」という打ち手が選べたのです。
もし理由が「給与」なら別の打ち手ですし、「業務内容の認識のずれ」なら記事B28の話になります。
原因を特定しないまま次を採用すると、同じ辞め方を繰り返します。
聞くときのポイントは3つです。
- 辞めると決まってから聞かない。 本音は出ません。在職中の定期面談で拾います
- 「不満はある?」と聞かない。 「困っていることは?」「誰に聞いている?」のほうが答えやすい
- 母国語で話せる相手がいるかを、必ず1問入れる
定着させるための設計チェックリスト
採用の前に、次の点を決めておきます。表の左が決めること、右がその理由です。
| 決めること | 見るところ・理由 |
|---|---|
| 同時に採用するのは2名以上か | できれば同じ言語圏で揃える |
| 同じ時間帯に2人以上が重なるシフトを組めるか | 常に別々なら孤独感は消えない。ここが最大のポイント |
| 外国語対応をその人だけに固定していないか | 対応の順番を回す設計にする |
| 通常業務を教える時間は日本人スタッフと同じか | 教わる時間が少ないと成長できない |
| 休憩を一緒に取れる時間帯があるか | 母国語で話せる時間が定着に効く |
| 相談窓口を1人決めてあるか | 誰に聞けばいいか分からない状態を作らない |
| 在留資格上、任せられる業務の範囲を確認したか | 自己判断せず専門家に確認する(下記) |
在留資格上の可否は、出入国在留管理庁の最新情報と、行政書士・登録支援機関等の専門家への確認が必要です。
よくある間違い
やりがちな進め方と、その代わりに取るべき手です。
| よくある間違い | どうするか |
|---|---|
| 「まず1人試してみる」から始める | もっとも離職しやすい形。試すなら2人で試す |
| 2名採ったのに、シフトが常に別々 | 在籍人数でなく「同じ時間に一緒にいるか」が効く |
| 語学力だけで採用を決める | 英語ができることと長く働けることは別の話 |
| 辞めた理由を聞かないまま次を採る | 実例の出発点は前任者の退職理由を聞いたこと |
| 国籍でひとくくりにする | 出身国も言語も宗教も違う。一括りの対応がズレの元 |
まとめ
- 早期離職の原因は待遇ではなく、孤独感と外国語対応の集中の2つ
- 対策は単純で、2名以上を同時に採用し、同じ時間帯に重ねる
- 実例では、3人同時採用で全員が1年以上定着し、重要な戦力になった
- 在留資格と業務範囲は必ず入管の最新情報と専門家に確認する